こんにちは。ひた森広報チームです。日田盆地は連日の猛暑。鍋底にあたる日田駅周辺の海抜は80メートルで、うだるような暑さが続いてますが、日田の最高標高は1,231メートル(前津江町釈迦岳)。こんな日は標高の高い森や、そこから湧き出る川のせせらぎに涼を求めたくなりますね。
さて、今回は5月に開催した「ひた森の担い手づくり講演会」の様子をレポートします。初開催となったひた森講演会では、林業の担い手を増やす方法を考えるべく、和歌山県田辺市で「しっかり儲かり働きやすい造林育林業」を実行する株式会社中川の中川雅也さんをお招きしました。
中川雅也さん。1983年和歌山県生まれ。大学卒業後インドネシアのスラバヤで貿易の仕事を2年半経験し、地元にUターン。2008年地元森林組合に就職。2016年に『育林は育人』という社訓とともに株式会社中川を創業し、2017年に就職。『木を伐らない林業』を提唱し、現在27人の従業員と山を育てている。2020年に株式会社GREEN FORESTERSを創業。現在は相談役を務める。創業7年で自社から7人が9都県で起業。自社開発ドローンを活用し、地域で拾えるドングリからオーガニックな苗を作り、持続可能な『あたりまえ』を林業で目指している。尊敬する経営者はトトロとマイク・ワゾウスキ
日田市内の林業関係者や九州各県で満員御礼に
日田市複合文化施設AOSEで開催された講演会は、募集定員80人のところ満員御礼に。日田市内の林業関係者や林業や森に興味のある一般市民が半分、もう半分は「中川さんに学びたい!」という熱意あふれる参加者が福岡、熊本、宮崎、佐賀、山口などから集まりました。
冒頭は、ひた森の担い手づくり協議会の諌本会長が挨拶。国内有数の木材の産地として知られ、原木市場だけでも7つも稼働している日田でも、人口減少や高齢化の波を受け再造林率の低下が課題となっています。
「このままでは山が減ってしまう、丸太がでなくなってしまう。そこで昨年8月に協議会を立ち上げ、ひとりでも多くの担い手を確保することで、豊かな森林や産業がずっと続くよう願って活動しています」と諌本会長。講演会の背景を語りました。
そしていよいよ中川さんの講演がスタート。参加者一同、興味津々で耳を傾けます。
起業のきっかけは息子からの一言
中川さんはもともと「林業を知らない人間」。ガソリンスタンドの息子として生まれ、海外で貿易の仕事をしたのちに地元に戻り、たまたま就職したのが地元の森林組合でした。
「地下足袋の履き方もわからなかった」という初心者から8年間、森林組合で働くなか自ら起業するきっかけになったのは、当時3歳だった息子から「もっと遊びたい」といわれ「お父さんを辞めるか、仕事を辞めるかの選択を迫られた」ことでした。
起業にあたって考えたのは「第一次産業が一番自由に働けるのではないか?」という仮説。さらに、林業は全国的にも担い手不足が深刻化しており、和歌山県内でも伐採したうちの4割しか植えられていない状況でした。
「4割しか植えられていないなら6割はブルーオーシャン」と考えた中川さんは、森林組合で学んだ経験を活かし、あえて伐採を行わない「植える、育てるに特化した会社」を起業。
一人前になるまでに10年かかると言われる業界のなか、「造林育林に特化すれば、一人前になるまでの時間を3〜5年に短縮でき、半人前でも飯を食える世界がつくれるのではないか」と考えたといいます。
「自由な働き方」で「給料を公開」?!
そして誕生した株式会社中川は、「造林育林事業に特化」したことに加え「自由な働き方」も特徴。
フレックスタイム制や日当性を導入しながら、従業員が自分のペースで働ける環境を整備。2カ月に一度、ベースアップやベースダウンのチャンスをつくることで、モチベーションアップと働きやすさの向上にも勤めています。
会場を驚かせたのは「全従業員を給料を公開」していること。理由は、従業員の働きを査定する班長に忖度する従業員がでないようにするためで、「実は『あんなにもらっているのに働かないじゃないか』という不満が、離職率をあげてしまう」「給料が公開されていることで新入社員でも、この先どのくらい稼げるのかイメージしやすくなるので、離職率の低下につなげられ、知らず知らずのうちにビジョン経営もできる」という中川さんの言葉に、参加者は深く頷いていました。
労働災害のリスクを減らすためにドローンも積極導入
株式会社中川では林業用ドローンの活用も進めており、作業の効率化や安全確保を実現しています。
造林育林の現場では、苗木などの荷物を運んでいる時に怪我をしやすいため、ドローンで苗木を運搬することで労働災害のリスクを減少させるとともに、女性や高齢者でも活躍できる環境を整えているのです。
他にも「林業×音楽」「林業×サウナ」「林業×登山」など、「林業×○○」といった異業種コラボレーションにも積極的。
時代の変化に伴い、昔ながらの業態では持続可能な未来が描きにくくなった林業業界において、「しっかり儲かり働きやすい」林業を実現する中川さんの取り組みは、大きなヒントとなりました。
女性の活躍も問われたトークセッション
講演後は、和田正明さん(日田市森林組合専務)と、合原万貴さん(ヤブクグリ代表・マルマタ林業3代目)も加わりトークセッションを実施しました。
令和4年に研修で和歌山県田辺市の株式会社中川を訪問していたという日田市森林組合の和田専務は、造林事業に特化した人材育成や、多方面にわたる事業展開を目にしていたとのこと。新たな手法に目を向けていたその頃、日田市森林組合では造林作業員の減少に直面していたといいます。
「100人ちょっといるスタッフのうち、40〜50人いた造林者が一気に30人を切る人数になり、募集をしてもなかなか人が集まらない問題が生まれていました。ここ1〜2年で若い人を含めて作業員がどっと増えたものの、定着してもらうことや、事故や怪我のない作業を進めていくことを考えていきたいで
す」(和田専務)
マルマタ林業3代目として活動する合原万貴さんは、女性の働き方にも注目。中川さんに女性の就労について問いました。
「本人よりもお父さんから反対されることがあります」と中川さん。もしもの怪我を心配する親心に対し、作業の安全や軽量化を図るためにドローンを導入していることを説明しました。
和田さん曰く、日田でも女性の働き手は増えているとのこと。自然を相手にする仕事を求めて応募をする人など、林業の魅力に惹かれる人が集まっているといいます。
年俸は? 伐採事業者との連携は? 会場からの質疑応答
最後に行われた質疑応答の一部を紹介します。
会場:班長さんの年俸は?
中川:一番稼いでいて700万円が3人、残り500〜600万円です。
会場:現場までの移動の長さは?
中川:片道1時間ほどかかる現場もありますが、通勤時間もたのしみにしてもらっています。6時間の労働+通勤2時間なら、2時間は自分でたのしめる時間に。燃料代が高くなってきているので、乗り合いも多くなっているが、一人で行く人も多いです。
ちなみにガソリン代やチェーンソーオイル代は、日当のなかに含めています。会社負担にすると計算に時間がかかってしまう。それよりは日当を上げたほうがよいと考えています。
会場:日田は水害も多い。和歌山も同様だと思うが、それに対してどう考えているか?
中川:林学には明るくありませんが、地元の人とは「山から川を考えませんか?」と話しています。
和歌山の川もひたすら土砂を書き出していますが、それ以上に土砂がでてきている状況。切った山を1年放置すると1センチ土が減り、1センチの土をつくるには100年かかります。切った山を放置するだけで100年後のギフトを減らしている。木を植える大切さをひたすら啓蒙するしかないと考えています。
会場:伐採業者の人との連携は具体的にどうやっているのか?
中川:伐採業者は圧倒的に事務にアレルギーを持っている人が多いので、そのアレルギー部分を我々が担うようにしています。「好きな放題に切ってください。我々が植えますから」と。ちなみに、補助金申請が遅い自治体では、事業者はお金が回らなくなります。和歌山県は年中申請OKというルールにしてもらいましたが、補助金の金回りを早めるだけでも、造林会社は増えていきます。
講演、トークセッション、質疑応答を含めてたっぷり2時間の講演会は白熱した空気のなか終了。
ひた森の担い手協議会の横尾副会長が「これを実践できれば林業の未来は明るいなと実感。いろんな問題が起きても素直に解決に迎える中川さんの行動力にも感銘を受けました」と謝辞を述べ、講演会は幕を閉じました。
参加者によるアンケート「参考になったこと」
○林業の現状と問題解決に動かれている方がいる事と解決方法を知りました
○会社の経営モデル
○マネタイズについて
○補助金以外の収益構造が分かった
○林業でも事業経営がしっかり出来ること
○講師の考え方。特に、行動心理に配慮した発想の連続で、参考になりました
○様々な組織と連携し、常に新たなジャンルを開拓してっていること
○参考になったことばかりだったため1つを選ぶのに迷いますが、子どもへの木育から、その祖父母である山主さんの行動変容・経営計画の受託に繋がった事例の紹介は特に参考になりました。一見さんお断りで繋がりのある業者からの紹介によることで、地域の林業関係者との関係を保ち、山主さんの信頼を得た上で、御社の自由な働き方を実現し続ける方法の1つを知ることができました
○植林への分業特化
○山での稼ぎ方、インターンシップメンバーの再訪方法、分業によるビジネス化
○本業以外での山の活用拡大、収益の多角化
○グループ企業が複数ある事で、一つの企業の受け持ち区域が災害に見舞われても、その人員をグループ企業に振り分けることで、林業従事者を減らさずに個々のスキルアップが見込める仕組みはとても参考になりました
九州北部の中央に広がる日田の森と、会場に集まった近県の森づくりを担う皆さんが、具体的な学びをそれぞれ生かし、「しっかり稼げて、働きやすい、造林・育林業」がどんどん増えていくよう願った1日となりました。